東京高等裁判所 昭和38年(ネ)720号 判決 1964年7月31日
控訴人
茂田一郎
右訴訟代理人
松田末盛
被控訴人
河原井源次
右訴訟代理人
小林徳治
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、原判決を取消す、別紙第一目録記載の土地が控訴人の所有なることを確認する、被控訴人は右土地につき前橋地方法務局桐生支局昭和三十二年十月十七日受付第六、六四三号をもつて為したる所有権取得登記の抹消登記手続をせよ、被控訴人は別紙第一目録記載の土地上にある別紙第二目録記載の家屋を収去し控訴人に対し右土地の明渡をせよ、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする旨の判決並に右土地明渡を求める部分につき仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は原判決の事実摘示を引用するほか、次の通り附加する。
(控訴人の主張)
一、本件の如く土地所有権者たる訴外榛葉信夫の不知の間になされた仮執行宣言附支払命令に基き、同人の不知の間になされた競売により右土地に対する榛葉信夫の所有権が失はれることは許されないことであり、これを主張するため榛葉信夫は再審によつて右仮執行宣言附支払命令を取消す要なきものである。
仮に再審の訴により右支払命令を取消すを要するとするも、訴外榛葉信夫は訴外石井光雄を被告として桐生簡易裁判所に対し約束手形金請求再審の訴(同庁昭和三十八年(ニ)第一号)を提起した結果、昭和三十八年七月三十日、同裁判所は本件の債務名義である同庁昭和三十二年(ロ)第五九号約束手形金請求督促事件の仮行宣言附支払命令を取消し、かつ右支払命令申立による訴外石井光雄の請求を棄却する旨の判決を言渡し、右判決は同年八月二十日確定した。よつて右仮執行宣言附支払命令は無効であつて、右無効なる支払命令を債務名義として訴外石井光雄が前橋地方裁判所桐生支部になした強制競売手続も亦全部無効であり、被控訴人は同強制競売手続の競落人として競落代金の支払を為したとするも本件土地の所有権を取得するに由ないものである。
二、控訴人は訴外榛葉信夫に対し昭和二十五年九月四日の売買契約の日に本件土地買受代金を支払済である。従つて本件土地の所有権は同日控訴人に移転した。
三、控訴人主張の約束手形の受取人は榛葉信夫であり、その第一裏書人も榛葉信夫である。
(被控訴人の主張)
控訴人は本件土地の所有権を取得したと主張するけれども、対抗要件たる登記を具備しないから被控訴人に対しては右土地所有権の取得を主張することは出来ない。本件債務名義たる仮執行宣言支払命令はその後控訴人主張の通り再審の訴により取消されたとしても、右再審の訴には被控訴人は関与しておらず、被控訴人が本件土地所有権を取得した基礎である本件競売開始決定も競落許可決定も何等取消されていない以上、被控訴人の所有権取得は否定され得ない。
(証拠関係)<省略>
理由
当裁判所は控訴人の請求を棄却すべきものと判断するものであつて、その理由は原判決の理由を引用するほか、次の通り附加する。
(一) <証拠>によると、本件強制執行の債務名義たる仮執行宣言附支払命令の申立債権の内容をなす約束手形は控訴人主張の通りのものであり、なお右手形の受取人並に裏書人は榛葉信夫であることを認めることができる。
(二) 訴外石井光雄がなした支払命令の申立書には、債務者榛葉信夫の住所として桐生市東町八一七番地の一、石井方と虚偽の住所が書かれてあり、右支払命令正本も同住所にて受領せられ、右支払命令に対しては異議申立がなかつたのでこれに仮執行宣言がなされ、右仮執行宣言附支払命令も前記虚偽の住所にて受領せられていることは<証拠>により明かで、右書類の送達の事情はすべて原判決理由に示されている如き不適法なものである。しかし、れれがために債務名義たる右仮執行宣言附支払命令は当然無効であるということはできない。けだし右支払命令並に仮執行の宣言は実在の人に対し権限ある裁判機関の行為によりなされたるものであるから、異議の申立あるいは再審によつてこれが取消さない限り一応有効といわざるを得ないからである。或いは以上認定の如き事実関係の下に於て為された仮執行宣言附支払命令は当事者たる榛葉信夫に対し実質上全くその意見を表明する機会を与へない結果となり、従つて対審の原則に違反し憲法三一条の保障する手続に反することを理由に右支払命令は当然且絶対的に無効である(従つて債務名義としての仮執行宣言附支払命令も亦不存在に等しい)との立論を為すものがあるかも知れない。控訴人の見解は斯る主張をその根底に包含するものと思はれる。
凡そ民事たると刑事たるとを問わず、またその形式が判決たると決定たるとを問はず、裁判によつて不利益を受ける者はその手続の過程に於て少くともその裁判の確定前に当該事件について当事者として自己の意見を表明する機会を与へられること、即ち当事者より言えば裁判機関に対して当事者として当該事件について事実上並に法律上の意見を聴取することを要求する権利を有することは基本的人権の一として我憲法三一条の保障する所であると謂うべきである。しかし此の憲法の原則が既に具体的に手続法に於て採用されている場合(支払命令に対して異議の申立並に之により通常訴訟への移行が認められているのは此の場合に該当する、民許法四三七、四四〇、四四二条参照)はこれに違反した裁判は固より法令違背となるのであり、此点を無視して飛躍的に直ちに憲法違反なりとして別異の取扱を為すことは憲法上も手続法上も認められていないと解すべきである。そして法令違背の裁判の中には理論上絶対無効の場合をも含むことは言うまでもないが、前段説示の理由により本件に於ける仮執行宣言附支払命令はいまだ絶対無効とは言ひ得ないのであつて、取消し得べきものと解するを相当とする。若し反対に解するときは憲法の規定に違反する場合の裁判(例へば公開の原則、憲法八二条)はすべて当然に(即ち何等不服申立の手続を径ずして)無効であるとの結論となり、斯くては法的安定を害すること甚しい結果となるであろう。以上の理由により本件仮執行宣言附支払命令を当然無効なりとする説は、到底採用に価しない。
(三) 次に<証拠>によると、本件不動産強制競売の申立は債務者榛葉信夫の住所を前記と同一の桐生市東町八一七番地の一、石井方と記載せられ、その後の競売手続に於て債務者に送達することを必要とする書類はすべて右住所に宛発送せられているところ、右住所が虚偽のもので榛葉信夫は競売手続終了まで右競売手続のあつたことを少しも知る機会なく異議乃至抗告をなす術もなかつたことは原判決理由に記されているとおりである。
右によると本件競売の基本たる債務名義は未だ債務者に送達されておらず、従つて競売開始の法律的要件を備えずして競売手続は開始せられ、競売期日の公告も競落許可決定もすべて債務者には送達せられていないこと明らかである。かゝる競売手続は当然無効というべきかどうかについは意見が分れ得るであらうが、債務者に対する債務名義の送達、競売開始決定の送達、競売期日や競落許可決定の送達等はすべて債務者保護のためのものであるが、競売手続には債務者の外に配当要求を為す債務者、担保権者、競落人等の第三者が利害関係人として参加し、これらの者の利益をも適当に考慮すべきこと、其他、本件の如きは極めて異例に層するが、普通の場合には右にあげた送達の欠缼は裁判所の過失に困る場合が多く、従つて通常の場合には債務者の立場をも考慮すべきであること等に鑑みるときは仮にそれが将来取消さるべき運命にある債務名義であつても苟も形式上有効な債務名義が存在し且つその執行力ある正本が提出されている以上(本件の場合は仮執行の宣言附支払命令であるから確定を待たず執行力を有し、また執行文の附与を要せずして債務名義となる。民訴法五一二、五五九条二号、五六一条一項、なお附言すれば判決裁判所と執行裁判所とを別異のものとし執行力ある正本を基準にして執行を為す建前を採る以上、執行文は本来有効な債務名義の存在を前提として附与されるのであるが、債務名義の原本でない正本に附記される結果、極論すれば執行力ある正本は債務名義の正本たる要件を外観上備えれば有効であり、実際は債務名義が存在しない場合(例えば判決言渡のない場合、送達のない場合、訴の取下により判決の消滅した場合等)にも執行手続の基本となる効力を有するのである。)債務名義の債務者に対する送達がなくして開始された競売手続及びその後債務者に対する書類の送達なくして為された競売手続も当然無効ということはできず、異議の申立乃至抗告なくして手続が進行し競売が終了するときは適法な執行機関によつてそれが行はれたものである以上有効であり、競売開始決定乃至競落許可決定が取消されない限り競落人は右競売により所有権を取得するものといわざるを得ない。以上の通りであるから他に特段の事由のない限り被控訴人は競落によつて競売の目的たる土地を取得したものというべきである。
(四) <証拠>によると再審原告榛葉信夫、再審被告石井光雄間の桐生簡易裁判所昭和三十八年(ニ)第一号約束手形金請求再審事件について、同裁判所は昭和三十八年七月三十日本件債務名義たる仮執行宣言附支払命令を取消し、再審被告の請求を棄却する旨の判決を言渡し、右判決は同年八月二十日確定したことが認めらたる。従つて本件強制執行の基本である債務名義は遡及的に効力を失つたと謂はざるを得ない。然し強制執行の基本を為す債務名義たる確定判決が再審の訴によつて確定的に取消された場合でも、当該債務名義に基く強制執行に困り第三者が権利を取得し終つた場合には当該強制執行は右取消を理由に遡つて無効となることはない。蓋し強制執行の建前上国家は形式上有効に存在する債務名義に基く申立のある限りこれに対応する実体上の請求権の存否の審査なくして債務名義に表示された請求権の実現を強制的に為すべきであり、また国家の公権力による執行行為に信頼して得た第三者の権利は既得権として保護すべきであることに鑑みるときは当事者間に於て再審の訴によつて債務名義たる判決が遡つて取消されたことは強制執行に因つて第三者の取得した権利には消長をきたさないと解すべきである。本件に於ては右再審の判決のあつた時は既に本件競売手続は終了し、本件土地が被控訴人名義に所有権移転登記がなされた遙かに後であるから右再審の確定判決のあつたことにより本件競売手続が遡つて失効したものとすることができず、従つて被控訴人の本件土地所有権に影響ないものとなさざるを得ない。
(五) 原審認定のとおり本件は訴外石井光雄と訴外石井与一郎が共謀し、訴外榛葉信夫名義の本件土地を右榛葉の不知の間に競売に付したのであるが、情を知らない被控訴人が之を競落し右土地所有権取得の登記を径、且つ右地上に建物を建設所有として土地を占有しているものである。従つて元本件土地の所有者である榛葉信夫から右土地を買受けたと主張する控訴人から見れば被控訴人は民法第一七七条にいわゆる第三者といわざるを得ない。控訴人は本件競売手続は無効であり被控訴人は競落人として土地所有権を取得することはできないから控訴人の所有権取得に対し登記の欠缼を主張し得る第三者ということはできないと主張するけれども、前記のとおり本件競売手続は当然無効ということが出来ず却つて被控訴人に競落により土地所有権を取得したものと認むべきである。かりに、そうでないとしても被控訴人は善意で競売手続に参加し競落許可決定に基き所有権取得登記まで径て右土地を占有しているのであるから控訴人の土地所有権取得に対しては登記の欠缼を主張し得る第三者と謂ふべきである。従つて土地所有権取得につき登記を径ていない控訴人は被控訴人に対し右所有権取得を対抗することができないといふべきである。
以上何れの点からしても控訴人の請求は理由がなく、従つてこれを棄却した原判決は正当で控訴は失当である。
よつて抗訴訟費用の負担について民事訴訟法第九五条第八九条を適用の上、主文の如く判決する。(裁判長判事鈴木忠一 判事谷口茂栄(判事宮崎富哉は転任につき署名捺印できない)